30年ぶりの高実績——ヘッジファンドに資金が流入している理由

シリーズ第1回 マルチストラテジーの時代 / 2026年5月

2026年1月のゴールドマンサックスのレポートによると、ヘッジファンドへの配分を増やす予定のアロケーターが約46%、削減する予定がわずか4%。ゴールドマン・サックスがプライムブローカレッジ部門として調査を始めた2017年以来、前者は最高値、後者は最低値をそれぞれ更新した。この数字が何を意味するかは、もう一つの事実と重ねると鮮明になる——ゴールドマンのプライムブローカレッジを利用するヘッジファンドの平均リターンは、2024年に+11.9%、2025年に+11.8%と、過去25年間で初めて2年連続で11%水準に達した。

46% ヘッジファンドへの配分増加を予定する
アロケーター(記録上最高)
4% ヘッジファンドへの配分削減を予定する
アロケーター(記録上最低)
470億$ 2025年の業界への純流入
(2022年以来のプラス転換)

こうした数字の並びは、単なる好況の反映ではない。業界を支えている構造が変わったことを示している。

第1節

「量」だけでなく「質」が変わったアルファ

リターンの絶対水準を見るだけでは、この復権の本質を見誤りやすい。重要なのは超過収益、すなわちアルファの中身だ。

ゴールドマンのレポートは「Generation Alpha(アルファの世代)」というタイトルを掲げ、2020〜2025年の超過リターンを5.9%と算出した。これは1990年代の8.6%に次ぐ過去最高水準に相当する。ただし当時と単純に比較することには注意が必要で、同行自身が「1990年代のボラティリティは現在より約50%高かった」と指摘しているように、リスク単位あたりの効率性という観点では、現在のヘッジファンドのアルファ生成能力は1990年代を凌ぐ可能性がある。

1990年代にはヘッジファンドのアルファ(超過収益力)がトータルリターンの半分以下に過ぎなかったのに対し、2020〜2025年の期間ではそれが約3分の2を占める。つまりレポートでは稼ぐリターンの大半は「市場に乗っただけ」ではなく、「市場変動以外の超過収益力を捉える技量」から来ていると分析されている。

この変化は機関投資家の判断にとって決定的な意味を持つ。機関投資家の9割がヘッジファンドのポートフォリオに満足していると回答しており、「過去最高に近い水準」とゴールドマンは表現した。With Intelligenceが集計する1,000億ドル以上を運用するファンドのAUMは前年比19%増の約4兆ドルに拡大している。

戦略別年間リターン(2025年)

ロング/ショート・エクイティ
+16.1%
グローバル・マクロ
+14.1%
マルチストラテジー
+12.2%
イベント・ドリブン
+11.7%
HF業界平均
+11.2%
S&P 500(参考)
+17.9%

出典:With Intelligence Hedge Fund Index、Goldman Sachs PB Report(2026年1月)

第2節

金利・AI・地政学——アルファ機会を再び開いた3つの力

「なぜ今なのか」を問うとき、2022年のFedによる利上げ転換を出発点に置くと見通しが良くなる。

金利がゼロに近い世界では、債券も現金もほとんどリターンを生まない。その環境下でヘッジファンドは「2%のリターンを出すために莫大なリスクを取らなければならない」という苦境に置かれていた。金利が正常化すると、状況は一変する。キャッシュが利息を生み、空売りのコストを賄えるようになり、ショートブックが利益の源泉として機能し始める。ゴールドマン自身も「Fedが2022年に利上げを開始して以来、ヘッジファンドはベンチマークを上回る機会が増えた」と明言している。

加えて、現在の市場環境は「方向性のない不確実性」という特異な状態にある。ブラックロックはこれをAIブームとイランをめぐる地政学リスクという二つの対立する力として整理した。AIの急速な普及はデフレ的な生産性向上をもたらす一方、エネルギー供給を圧迫するイラン情勢はインフレ圧力として働く。この相反する力が、金利・為替・株式のあいだに大きな「値のずれ」を生み出している。

「市場の判別力が高まるほど、機会の集合が広がる」——ブラックロック Hedge Fund Outlook 2026

このような環境は各戦略にそれぞれ固有の機会をもたらす。グローバル・マクロ戦略にとっては金利や通貨の変動率が高まるほど裁定余地が広がる。ファンダメンタル系のロング・ショート戦略にとっては、AIが産業構造を破壊している今まさに「恩恵を受ける企業」と「脅威にさらされる企業」の選別が急速に進んでおり、銘柄間の格差が拡大するほどショートブックの収益力が増す。システマティック(クオンツ)戦略はこの恩恵を最も早く吸収できる立場にある。実際、2025年の業界への純流入のうち74%がクオンツ戦略に集中したというゴールドマンのデータは、この見方を裏付けている。

第3節

プライベートクレジットの亀裂——「見えないリスク」への不信

資金回帰のもう一つの推進力は、競合資産への失望にある。

2022年以降の金利上昇サイクルのなかで、プライベートクレジット(非公開の貸付債権)は高い利回りを武器に急速に拡大し、一時はヘッジファンドの競合として大量の機関投資家資金を引き寄せた。しかし2026年に入ると、この資産クラスに構造的な亀裂が入り始めた。

Blue Owl Capital、ブラックロック、ブラックストーンのプライベートクレジット部門が相次いで投資家の解約制限(ゲーティング)に踏み切ったことが、業界に衝撃を与えた。特にBlue Owlのケースでは、ある技術特化型ファンド(62億ドル規模)で資産の40.7%相当、旗艦のレンディングファンド(360億ドル規模)でも21.9%相当の解約請求が積み上がった。こうした事態は「流動性のない資産を持つリスク」を改めて浮き彫りにした。

問われているのは単純な優劣ではなく、リスクの性質の違いだ。プライベートクレジットは上場市場で日々取引される資産ではないため、市場価格ではなくモデル評価に基づく価格算定が一般的であり、ファンドの商品設計によっては解約にも制限が設けられる。一方で、ヘッジファンドの多くは月次など一定頻度で基準価額が算出され、プライベート資産に比べて換金条件が相対的に明確な場合が多い。ただし、流動性条件は戦略やファンドごとに大きく異なる。TDセキュリティーズが追跡した2026年第1四半期のアロケーター検索では、流動性の高いエクイティ戦略が全体の50%を占め、2021年以来の最高水準に達した。グローバル・マクロへの関心も前年の7%から12%に跳ね上がっている。同じ期間、ヘッジファンド全体が+0.7%を確保する一方でS&P 500総合指数は-4.3%を記録しており、分散と流動性の価値が改めて注目されている。

第4節

投資家構造の歴史的転換——ペンションの時代が終わる

この復権の担い手が誰かという問いへの答えは、業界の長期的な方向性を占う意味で見落とせない。

2025年は、ヘッジファンドへの投資家構造において記録上初めて、プライベートキャピタルがペンション(年金基金)を逆転した年として刻まれる。ファミリーオフィス、富裕層個人、プライベートバンク、RIA(登録投資顧問)、政府系ファンドを合算したプライベートキャピタルの比率が25%となり、ペンションの24%をわずかに上回った。年金が「圧倒的な主役」だった時代は、静かに幕を閉じつつある。

25% プライベートキャピタル
(ファミリーオフィス等)
24% ペンション
(年金基金)
21% インターミディアリー
(プラットフォーム等)
12% 大学基金・財団
10% 政府系ファンド
(SWF)
8% 内部資本・
保険会社 他

出典:Goldman Sachs “Generation Alpha” 2026年調査。2025年に初めてプライベートキャピタルがペンションを逆転。

この転換が重要なのは、意思決定の「速度と柔軟性」に根本的な差があるからだ。公的年金は規制、ガバナンス委員会、予算サイクルという制約の中で動く。手数料への感応度も高く、審査から実際の投資実行まで1〜2年を要することも珍しくない。対してファミリーオフィスや政府系ファンドは機動的で、条件交渉の自由度も高い。担い手の交代は、ファンド設計や運用戦略にまで中長期的な影響を及ぼすはずだ。

終節

ヘッジファンド再評価の流れと、資金集中の現実

ヘッジファンドへの資金回帰は、ひとつの要因によるものではない。2年連続の好パフォーマンスという「結果の積み上げ」、金利・AI・地政学という「環境の変化」、プライベートクレジットへの不信という「比較優位の浮上」、そしてファミリーオフィスへの投資家構造のシフトという「担い手の交代」——これらが重なって、今日の流入増加が実現している。その意味で、この復権は一過性の循環要因だけでなく、構造的な変化を伴う動きとして捉える見方もできる。

ただし、どのファンドにも資金が流れているわけではない。クオンツへの偏重(純流入の74%)、上位5%のファンドへの集中(純流入の50%超)、大型ファンドの受け付け停止(旗艦ファンド資産の48%相当がクローズド)——この現実は、業界が「規模の論理」によって急速に再編されていることを示している。どのファンドが恩恵を受け、何がそれを決めているのか。次稿ではその核心にいるMillennium Managementの戦略と、セパレートアカウントが変えたヘッジファンドの生態系を論じる。

次回

シリーズ第2回:ミレニアムという名の重力——セパレートアカウントが変えた業界地図
2025年の最大規模ローンチ9件のうち4件を資金提供した単一ファンドが存在する。それが何を意味するのかを、SMAモデルの構造から読み解く。

 

本稿は、ヘッジファンド業界の市場動向に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品、ファンド、銘柄、投資戦略の取得・売却・保有を推奨するものではありません。ヘッジファンドを含むオルタナティブ投資には、価格変動リスク、為替リスク、流動性リスク、レバレッジ・デリバティブ取引に伴うリスク、運用者リスク等があり、元本が保証されるものではありません。投資判断にあたっては、契約締結前交付書面等を十分に確認し、ご自身の投資目的、資産状況、リスク許容度に照らして慎重にご判断ください。  

 

出典:Goldman Sachs “Generation Alpha: The Current State of the Hedge Fund Industry and the Outlook for 2026″(2026年1月)BlackRock Hedge Fund Outlook 2026(2026年4月)/ ヘッジファンドアラートをもとに作成  

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この記事を書いた人

監修:柿本 紘輝(CFP証券アナリスト協会検定会員
業界最大手の投資助言会社ヘッジファンドダイレクト株式会社が運営。
富裕層向けに投資助言契約累計1,477億円、投資助言継続率91%。(いずれも2025年末時点)
当社の認定ファイナンシャルプランナー(CFP、国際資格)、証券アナリスト(CMA)が監修して、初心者にも分かりやすく、良質な情報をお届けしています。

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金融商品取引業者(投資助言・代理業)関東財務局長(金商)第532号
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