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「どのファンドが恩恵を受け、何がそれを決めているのか」——前稿が残した問いをたどると、一つの固有名詞に行き着く。イジー・イングランダーが率いるミレニアム・マネジメントだ。AUM 842億ドル、330を超える投資チーム、2025年には単独で約100億ドル(グロスベース)を新興ファンド5社に供給した——現代ヘッジファンド業界における重力の中心は、いまやこの一社にある。
早稲田大学卒業後、金融業界でのキャリアをスタート。16年にわたりヘッジファンド投資・オルタナティブ運用・富裕層向けアドバイザリーを専門とし、国内外の機関投資家および富裕層に対してヘッジファンドへのアクセスと情報提供を行う。CFPおよび証券アナリスト認定資格を保有し、複雑な金融商品を投資家目線でわかりやすく解説することを使命としている。
ヘッジファンドダイレクト株式会社 公式サイト →2025年の大型ヘッジファンド立ち上げを俯瞰すると、ミレニアムの影響力が際立つ。その年の大型立ち上げ上位9件のうち4件が、ミレニアムのセパレートアカウント(SMA)として資本を受け取り、同社は単独でグロスベース約100億ドルを供給した計算になる。
以下は2025年の大型立ち上げ上位9件の全容だ(MIL印がミレニアムのSMA案件、SCH印がシェーンフェルド経由)。
| ファンド名 | 運用戦略 | 創業者の前職 | 調達規模 |
|---|---|---|---|
| テラゴン・キャピタル MIL | エクイティ | シタデル ポートフォリオ・マネジャー | $5B* |
| アトランティック・ウルフ・キャピタル MIL | ヘルスケア株 | コーテュー マネジング・ディレクター | $3B* |
| ハーベイ・キャピタル | クレジット | キング・ストリート | $1.8B |
| アバンティール・キャピタル | エクイティ(TMT等) | バイキング・グローバル CIO | $1.5B |
| アガベ・キャピタル(ロンドン) | グローバル・マクロ | シタデル ポートフォリオ・マネジャー | $1B |
| ミストラル・キャピタル(モナコ) SCH | グローバル固定収益・相対価値 | ガーダ・キャピタル PM | $1B† |
| ネクサス・コモディティーズ・キャピタル(シンガポール) MIL | コモディティ | ゴールドマン・サックス トレーダー | $1B* |
| テン・キャップ(シドニー) | オーストラリア株 | トリベカ・インベストメント | $940M |
| アーマー・キャピタル MIL | 欧州金融株 | カーズリー・ストリート・キャピタル | $850M* |
MIL=ミレニアムのセパレートアカウント。SCH=シェーンフェルド・ストラテジック・アドバイザーズのコミングルファンド経由(SMAではない)。*グロスベース(レバレッジ込み)。†ネットベース。テン・キャップはトリベカ・インベストメントからの独立系。出典:Hedge Fund Alert 2026年1月7日号をもとに作成。
この一覧が示すのは数字だけではない。テラゴン・キャピタルのブレイク・ウォラックはシタデル出身、アトランティック・ウルフ・キャピタルのアーロン・ワイナーはコーテュー出身、ネクサス・コモディティーズ・キャピタルの秦暁(チン・シャオ)はゴールドマン・サックス出身——いずれもヘッジファンド業界で「一流」と称される看板ファンドのトップ人材が、独立後の最初の資本をミレニアムから受け取っているという事実だ。さらにマーシャル・ウェイスの元パートナー、ラヴィ・ナレーシュのKRキャピタルへの30億ドルのコミットメントも発表されており(2025年末時点で未稼働)、一社が一年間で合計約100億ドルの起業資本を供給したことになる。
では、なぜミレニアムはこれほどの資本を外部に供給し続けるのか。そしてなぜ、受け取るPMも後を絶たないのか。答えを探るには、この資本の「器」——セパレートアカウント——の設計図を読み解く必要がある。
世界はずいぶん変わりましたよね
ロンドンを拠点とするヘイバーストック・キャピタルが3億ドルで産声を上げたこの日、デイヴィスの言葉が重いのは、その3億ドルが年金や財団を個別に行脚して集めた資金ではないからだ。セパレートアカウントとして、交渉が成立した日からほぼ即座に届いた資本である。
歴史的に、ヘッジファンドの大型立ち上げはポートフォリオ・マネジャー(PM)が前職の雇用主、ファミリーオフィス、年金基金、大学財団、政府系ファンドを一件一件訪ね、コミングルファンドへの出資を長い時間をかけて取り付けるところから始まった。数十億ドルを集めるまでに数年を要することが当たり前で、その間のPM自身の無収入期間やレピュテーション・リスクは、独立への最大の障壁の一つだった。その「起業の文法」が今、静かに書き換えられている。
出典:Hedge Fund Alert各号をもとに筆者作成。「旧モデル」は2020年代以前の典型的な独立系ファンド起業パターンを指す。
一点、誠実な注記が必要だ。ミレニアムが計上するグロス数字はレバレッジを含んでいるため、業界標準のネットベースで比較すれば実態は異なる。テラゴン・キャピタルの「$5B」は純資産ベースではなく、レバレッジを乗せた総エクスポージャーである。Hedge Fund Alert自身も「ミレニアムのレバレッジが数字を歪める」と明示した上で、例外的にグロスベースでの比較を掲載した。この「数字の歪み」そのものが、業界の評価軸が変容しつつあることを示す象徴的な事実でもある。
あらゆる構造的変化は、複数のプレーヤーの利害が同時に満たされるときに定着する。SMAブームもその例外ではない。ミレニアム・PM・大型アロケーターという三者の合理性がそれぞれ働いている。
ミレニアムにとっての合理性:セパレートアカウントはコミングルファンドでは実現できない二つの優位性をもたらす。一つはネッティング効果だ。330超の投資チームのポジションを全社規模で相殺できるため、個別チームのリスクコストと必要資本が劇的に圧縮される。もう一つはリスク管理の精緻化——コミングルと比べSMAの方がリスク制約をはるかに厳格に適用でき、ボラティリティを抑えながらリターンを最大化するマーケット・ニュートラル戦略との相性が格段に高い。
この競争優位を支えているのは、単独ファンドには到底複製できない規模のインフラだ。リサーチプロバイダー1,000社超、データソース約6,000、執行ブローカー800社超、日次平均取引件数1,300万件超、保有ポジション数10万件超、サーバー14,000台超——これは運用会社というより、金融インフラ企業に近い数字だ。さらに同社は165億ドル超を長期の「コミットメントクラス」資本として調達済みで、短期解約リスクに左右されない安定的な資本基盤を持つ。こうした規模のインフラを自前で構築するには、年間数百億円単位の固定費が恒常的に発生する。SMAを通じてこのプラットフォームに乗るということは、PMにとって固定費の外部化という経済合理性を持っている。
この構造の強さは数字が物語る。以下はミレニアムの投資家向け開示資料に基づく、1990年来のパフォーマンス比較だ(フィーダーファンド経由の数値は年率0.70%のコスト——運用管理報酬0.55%および事務管理コスト0.15%——控除後)。
集計期間:1990年1月〜2025年2月。ミレニアムの数値は同社の投資家向け開示資料に基づく。HFRI・MSCIワールドはBloomberg掲載データを参照。過去の実績は将来の成果を保証するものではない。
シャープレシオ2.58は業界平均(HFRI)の約2.7倍に相当し、最大ドローダウンはリーマン・ブラザーズへの全エクスポージャーを一括償却した2008年でさえマイナス3.50%に留まった。MSCIワールドの-55.37%と比較すれば、市場ベータに依存しないリターン設計の強さが際立つ。なお、実際にフィーダーファンド等を通じてアクセスする場合には、上記とは別に追加的な費用階層が生じる可能性がある点は留意が必要だ。
PMにとっての合理性:ミレニアム自身はPMへの訴求をこう要約する——「アルファを生む者は投資に集中し、オペレーションに時間を奪われない」「チームの業績に連動した経済性を持ちながら、自らのビジネスを経営するように運用できる」。資金調達の苦労なし、コンプライアンス・リスク管理のインフラ支援、ブランドによる瞬時の信頼付与——かつて数年を費やした起業準備が、実質的に代替される。
大型アロケーターにとっての合理性:年金や政府系ファンドが求めるのは資産の所有権の明確化、コミングルより高い透明性、そしてポータブルアルファ戦略との統合だ。コミングルファンドに大口出資すれば自分がそのファンドの最大LP(投資家)になってしまうという構造的問題もある。
「大型アロケーター——特に年金や政府系ファンド——はSMAへの移行を強く進めている。資産の所有権を持ち、より高い透明性を確保しながら、ポータブルアルファ戦略をレバレッジで走らせることができる。コミングルファンドという枠組みでは、そもそも運用規模が大きすぎてファンドに参加することすら困難になるからだ」
——$10億未満を運用するファンドのIR責任者(Hedge Fund Alert 2026年1月調査より)三者の利害が珍しく一致した。Hedge Fund Alertが2025年12月に実施した業界調査(153名回答)では、SMAが業界を変えている・変えるだろうと答えた割合が否定派を3対1以上の差で上回った。あるマルチストラテジーファームの幹部は「2026年には立ち上げの75%がSMAで始まるだろう、あるいはそれ以上かもしれない」と断言している。
16年間この業界を見てきた筆者の経験から、三者の利害が「一致している」ように見える仕組みには、必ず構造的な非対称性が潜んでいる。SMAの場合、それはPMが負う「資本の集中リスク」だ。コミングルファンドであれば100名のLP(投資家)が存在し、解約は分散する。SMAでは単一の意思決定者が、契約条件次第では短期間で大部分の資本を引き上げる権利を持つ場合がある。表の数字——シャープレシオ2.58、最大ドローダウン-3.50%(2008年)——はミレニアムのプラットフォームとしての強さを示しているが、この数字の恩恵はあくまでミレニアムの傘の下にいる間だけの話だ。傘を外した後の現実は、次節で見るとおり、まったく異なる景色を呈している。
三者に合理的に見えるこの仕組みは、しかし、業界を静かに二極化させている。恩恵を受ける者と、その波に乗り損ねる者の間に、深い溝が開きつつある。
SMAブームへの業界の評価(Hedge Fund Alert年次調査、2025年12月、n=87)
出典:Hedge Fund Alert 2026年1月21日号。回答者はヘッジファンド運用会社・アロケーター・サービスプロバイダーのスタッフ153名(うち二択で明確な回答を示した87名を集計)。
コミングルファンドへの資金調達が急速に難しくなっている実態は、複数の証言が裏付けている。ニューヨークを拠点とするオーシャン・パークは5億ドルの調達目標を掲げ、意図的にSMAを避ける選択をしたが、その結果として資金調達が「著しく制約された」とHedge Fund Alertは報じた。あるトップ・クレデンシャルを持つエクイティファンドの創業者は「今はコミングルで資金を集めることが想像を絶するほど難しい」と打ち明け、それを耳にした大手プライムブローカーの幹部も「コミングル型ファンドで資金を集めるマネジャーが確実に減っている」と同調した。
サービスプロバイダーへの波及も見逃せない。ファンドマネジャーとサービスプロバイダーを繋ぐプラットフォームアルタロ創業者のメル・サットンはこう指摘した——「多くのプライムブローカーやファンドアドミニストレーターは従来のコミングル構造に最適化されており、$10億のうち$1億だけがコミングルファンドで残りはSMAという構造には対応しきれない。SMAは交渉前提の手数料体系を持つため、マネジャーとベンダー双方の経済合理性を変えてしまう」。
そして最も象徴的な出来事が、リベロ・キャピタル事件だ。ワールドクォント(ミレニアムの最大外部PMを務める量的運用会社)の元CIOであるジェフリー・ロープレットはパロマ・パートナーズとの10億ドルのSMA合意を一度は成立させながら、「コミングルで独立したい」と翻意して決裂した。しかし自力での独立資本調達は実現せず、数ヶ月後には別のマルチストラテジー大手ポイント72のキュービスト・システマティック部門トップに収まり、独立の夢を手放した。SMAを蹴った結果、資本はやはり別の「重力源」に引き寄せられたのである。ロンバー・オディエのクレマン・ルタルジは「マルチマネジャーとFoHFはSMAをめぐって競合し、最終的には収斂する」と言い切っている。
日本市場に目を転じると、この二極化はより切実な問題として映る。国内の年金基金や共済組合が大手マルチストのSMAに直接アクセスできる環境は現時点では限定的であり、結果として国内投資家はミレニアムが生み出す超過収益の恩恵を、フィーダーファンドや一部のプラットフォーム経由でしか受け取れていない。間接的なアクセスには必然的にコスト層が加わり、複利効果を考えると長期では無視できない差となる点は念頭に置く必要がある。
さらに根本的な問題として、富裕層や中堅規模の機関投資家にとって「ミレニアムへのアクセス」そのものが依然として高い壁を持っている。SMAブームは業界の効率化を促している一方で、アクセスの地理的・制度的格差をむしろ拡大している。この非対称性こそが、日本の投資家がオルタナティブ投資を考える際の最も重要な論点の一つだと筆者は考える。
ミレニアムがセパレートアカウントに課す条件は明快だ——排他的運用(exclusive basis)。資本を受け取ったPMは、実質的に単一クライアントのためだけに動くことになる。そして契約条件次第では、その単一クライアントの資本配分判断が、ファンドの存続に直接影響し得る。シーワード&キッセルのスティーブン・ナデル弁護士は「長期的に、SMAは非効率な運営を促進するため、マネジャーにとって決して良いものではない」と断言した。ヴィットリア&パートナーズのサラ・ドネリーも「一夜にして撤退できる単一投資家に依存することになる新興ファンドにとって、肯定的なことではない」と付け加えた。
コダイ・キャピタルの清算(2025年)は、この「黄金の鎖」の本質を映す鏡だ。2020年に設立された同社はミレニアムのために最大63億ドル(グロス)を運用し、3年間の排他期間を終えた後も自力での外部資本獲得を模索し続けた。しかし2024〜25年の損失と共同創業者ジュン・パークの退社(バリアスニーAMへ移籍)が重なり、最終的な清算を余儀なくされた。ミレニアムという重力圏を離れた先で待っていたのは、自由ではなく資本の空洞だった。
「資金調達環境は厳しく、ミレニアムには資本が余っている。世界最高のマーケティング・マシンを持っているのだから、理にかなっている——そう言えばそれまでだ」
——大手マルチストラテジー事情に精通するリクルーター(Hedge Fund Alert 2026年4月29日号より)入るのは容易く、出るのは難しい。ミレニアムという重力はPMを引き付けるだけでなく、一度その軌道に乗った者を離さない構造を持っている。これは批判ではなく、物理的な現実だ。
筆者はこの構造を「条件付き独立」と呼ぶ。PMは確かに自分の名前を冠したファンドを持ち、自らの投資哲学で運用できる。しかし資本の源泉が単一であり、そのクライアントの意思決定次第でファンドの存続が左右される——これは企業で言えば、売上の100%を一社に依存する下請け構造と本質的に変わらない。
より重要なのは、コダイ・キャピタルの事例が示した「卒業の難しさ」だ。3年間の排他期間中に63億ドル(グロス)という実績を積んでも、独立した資本基盤は生まれなかった。ミレニアムのプラットフォームが優秀すぎるがゆえに、そこで育った運用成果はミレニアムの傘の外では再現が難しいとアロケーターに見なされてしまうのかもしれない。独立の形式は持ちながら、経済的な実態としては従属に近い——それでも多くのPMがこの道を選ぶのは、他の選択肢がさらに過酷だからにほかならない。
では、その現実を承知の上で独立を試みた者はどうなったのか。
ミレニアムで共同最高投資責任者を務めた後に独立し、史上3位となる53億ドルを自力で集め、自らのプラットフォームを築こうとした男——ボビー・ジェインの物語が、この問いへの答えを、53億ドルという代償とともに語ってくれる。
本稿はヘッジファンド業界の構造変化を解説するものであり、特定ファンドへの投資勧誘または推奨を目的とするものではありません。記載されたパフォーマンスはすべて過去の実績であり、将来の成果を保証するものではありません。投資に際しては、必ず関係書類をよくお読みの上、ご自身の判断と責任において行ってください。
シリーズ第3回:ボビー・ジェインの選択——$53億調達ファンドが示した規模の経済の冷酷さ
グロスリターンは堅調でも、人件費とインフラコストがネットを押しつぶした。独立系マルチストとして生き残ることがなぜこれほど難しいのかを、ジェイン・グローバルの21ヶ月から読み解く。
出典:Bloomberg/Financial Times/With Intelligence/Hedge Fund Alert / ミレニアム・マネジメント投資家向け開示資料(2025年2月時点)をもとに作成。立ち上げ規模については一部グロスベース(レバレッジ込み)、運用実績については開示資料上の手数料控除後数値を使用。過去の実績は将来の成果を保証するものではない。
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監修:柿本 紘輝(CFP、証券アナリスト協会検定会員)
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